[負の世界遺産*アウシュヴィッツ強制収容所]で何を想う。

大変ご無沙汰しております。

なんだかとっても更新が空いてしまいまして…私元気です💪

約3ヶ月に及ぶアフリカ旅を無事に終え第5章となるヨーロッパへ入りました。

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ヨーロッパ旅は何かとお高いので友人を訪ねるのがメインで、リアルタイムはポーランドに来ています。で今お世話になってるお姉さんにオススメされた場所へ先日行ってきたのですが、深く考えさせられたので先に書きますね。

ちょっと重い内容かつ長めですが、是非最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 

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【2017/7/29: 世界一周437日目】

◆アウシュヴィッツ-ビルケナウ強制収容所見学

◇Visit to the AUSCHWITZ-BIRKENAU museum

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所とは、

ナチス・ドイツ第二次世界大戦中に国家を挙げて推進した人種差別による絶滅政策 (ホロコースト) および強制労働により、最大級の犠牲者を出した強制収容所である。収容された90%がユダヤ人アシュケナジム)であった。

アウシュヴィッツ第一強制収容所は、ドイツ占領地のポーランド南部オシフィエンチム市(ドイツ語名アウシュヴィッツ[1])に、アウシュヴィッツ第二強制収容所は隣接するブジェジンカ村(ドイツ語名ビルケナウ)につくられた。周辺には同様の施設が多数建設されている。ユネスコ世界遺産委員会は、二度と同じような過ちが起こらないようにとの願いを込めて、1979年に世界遺産リストに登録した。公式な分類ではないが、日本ではいわゆる「負の世界遺産」に分類されることがしばしばである[2]。一部現存する施設は「ポーランド国立オシフィエンチム博物館」が管理・公開している。

wikiさんより

アウシュヴィッツ…。

うん。知ってる。ガス室で大量殺害された場所だよね。でも収容所がポーランドにあるって知らなくて。

この機会をくれたお姉さんに感謝です。

早速博物館について調べると、なんと予約が無いと入れないとのこと。

で予約フォームを確認すると5日後まですでに予約いっぱい。

おーまいーがー。

どうにか入れないか更に調べてみると、直接行って当日券がゲット出来れば見学可能との情報を発見したので、一か八かで当日朝一で向かったのであります。

※余裕のよっちゃんで入れました♡

行き方については別で載せます👍

ちなみに博物館は無料です。

9時前に着いてこの混みよう。

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ですが、ほとんどの方がガイドツアーで参加のためそれまで待機していました。

私は個別組なので自由気ままに回ります!まあ予約取れなかったからだけどね!

シーズンによって開館時間が異なりますがハイシーズンの夏6-8月は7:30-20:30まで開いてます。

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入口も個別組の方のみで全然混んでませんでした。

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そうそう。チケットブースの横に売店がありまして、そこでガイドブックを購入。

◉ガイドブック:15zl (約460円)

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このガイドブックがと〜〜〜ってもお役に立ちました!個人で回る方は是非ご購入を!

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チケットチェック・身体検査をさっと終え、早速中へ。

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アウシュヴィッツ強制収容所Ⅰには、被収容者用住居・収容者用病院等(もともとあった20の建物を増築し計28の建物)やガス室があります。

早速正門へ👇

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ここの門には、

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『ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になれる)』

の言葉が。

よく見てみると、Bの文字が逆さになってます。

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これは、この門を作った被収容者のせめてもの抵抗だそうです。

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門をくぐり、

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まずは第4棟へ。

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ほとんどの場所で撮影可能ですが(2箇所を除く)、フラッシュは禁止です。

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強制移住者がどこから来たのかを表す地図👇

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アウシュヴィッツ強制移住者の数値表👇約130万もの人がヨーロッパ各地からこの地へ連れてこられました。

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こちらは殺された人々の骨の粉が入った壺👇

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ドイツ首相の言葉👇

『WE MUST FREE THE GERMAN NATION OF POLES, RUSSIANS, JEWS AND GYPSIES』

 =「ポーランド人、ロシア人、ユダヤ人、ジプシーからドイツ民族の解放」

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到着した当時の様子👇

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こちらは連れてこられた人々から没収した荷物を分別している様子👇

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到着したばかりの人々はすぐにSS(ナチス親衛隊)医師による「選別」を受け、労働不能・人体実験対象外とみなされた人々(妊婦・子供・障害者等)はそのままガス室へ送られ殺害されたそうです。

ちなみにガス室へは輸送全体の平均75%-80%の人が送られたとのこと。

こちらは被収容者が隠れてとった写真👇

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裸にされてガス室へ送られる女性が写っています。

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こちらはガス室と焼却炉の模型👇

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こちらはガス室で使用された毒薬「チクロンB」の空き缶👇

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撮影禁止エリアには約2トン近い女性の髪の毛が展示されていました。

髪の毛は着いてすぐに被収容者から切られ、産業用の原料としてドイツ企業に売られ、生地やフェルト製造用の材料となったそうです。

次にお隣の第5棟へ。

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戦争末期、ナチは痕跡を消すためユダヤ人から略奪した物品の保管倉庫を急いで空にしようとしましたが、間に合わなかった財産の一部がこちらに展示されています。

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メガネに、

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タリート(ユダヤの祈りのショール)、

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トランクに、

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食器類。

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靴や

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ブラシなど。

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安住の地を与えると言われ連れてこられた人々は全財産を持ってやって来ていたので、到着後に何が待ち受けているのか気づいていないことがこの遺品からわかりますよね。

次にお隣第6棟。

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廊下には収容者の写真がたくさん展示されています。

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こちらは実際に着せられていた服👇

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こちらは1日のごはん👇

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朝はコーヒーのような液体、お昼は腐った野菜スープ。

不十分な食事に加え、重労働が重なり餓死する人が増えたそうです。

収容所は夏:朝4時半・冬:朝5時半から重労働が始まり、日没前に死亡・殺害された仲間の遺体を担いで収容所に戻ったそうです。

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左手には収容所の音楽隊👇行進の規律を向上させるため仕事に出たり戻る際に演奏していたそう。

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こちらは解放後に撮られた写真👇

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収容者と被収容者の違いが一目瞭然ですよね。

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こちらはSS医師の人体実験犠牲者となった女の子4名👇

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こちらはビルケナウの降車場でとったユダヤ人家族の写真👇

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この地に連れてこられた子供は名簿に載っているだけでも約23万人いるのですが、解放を迎えられたのは700人余りだったそうです。

続いて第7棟。

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こちらには被収容者の住居等が展示されています。

収容所ができて最初の数ヶ月は、床に藁を敷いて寝ていたそうですが、

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徐々に三段の簡易ベッドに代わっていったそうです。

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トイレ👇

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洗面所👇

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こちらは棟監の住居👇

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続いて第11棟中庭👇

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正面には『死の壁』。

こちらでは死刑宣告を受けたおよそ5000人あまりの被収容者が銃殺されました。

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中庭両サイドの棟(第10棟・第11棟)側面の窓には処刑を見られないようにするため板で覆われていました。

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こちらは「柱(宙吊り)の懲罰」を処した場所👇上部には引っ掛けるための鉤が付いています。

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中庭のお隣第11棟へ。

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こちらではドイツ緊急裁判が開かれた場所。

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囚人が公判を待つための部屋👇

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この棟は死刑囚が収監されていたんです。

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この棟から先ほどの中庭にある『死の壁』へ死刑囚を連れ出し銃殺したそうです。

地下は撮影禁止ですが、闇牢や直立房が見学できます。

こちらの地下室で1941年9月に毒ガスツィクロンBを使った初めての大量殺人が施行されました。

敷地を囲むように張られた鉄線👇

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約220ボルトの電流が流されていて、絶望に耐えられずここで自殺する人もいたそうです。

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次に第20棟へ。

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こちらは収容所用病院が患者で溢れかえったため、病人をフェノールの心臓部注射で殺し始めた場所。

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椅子に座らせ注射を直に心筋へ刺した後数秒で死に至り、後に焼却炉まで荷台に乗せて行ったそうです。

次に第16棟・第17棟の間にある点呼広場へ。

こちらでは毎朝夕に被収容者が立たされ、新来増加数・死亡脱走による人数変動を確認していたそうです。

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点呼責任者用番小屋👇

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番小屋の横には集団絞首台が👇

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絞首による死刑は被収容者への見せしめのため点呼時に執行されました。

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さらに進むと、

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SS用病院👇

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その奥には収容所所長の処刑場👇

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ここで収容所初代所長が絞首刑に処されました。

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その隣にはガス室・焼却炉👇

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SS医師の「選別」により労働不能と判断された人々はすぐにここへ案内され、

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『シャワーを浴びる』と言われ服を脱がされ、そのままガス室へ入れられ殺されたそうです。

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こちらはガス缶を入れるための穴。

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怪しまれないようシャワーの蛇口もあったようです。

その隣には焼却炉👇

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ここで1日340の死体を焼くことが可能だったそうです。

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と、収容所Ⅰの要所見学はこれで終了。

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ぐるぐるして約2時間くらいですかね?ガイドさんなくても要所は見学できたと思います。

売店のおトイレへ寄って、次の場所へ。

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入口には朝よりたくさんの人が。朝一の方が建物内も余り混んでなくて、ゆっくり見学できると思いますよ。

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ここからシャトルバスに乗って、3km離れた「ビルケナウ収容所」へ向かいます。

ちなみにバスは無料でございます。

時刻表👇

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約5分で到着。

アウシュヴィッツ強制収容所Ⅱ-ビルケナウ収容所は、ナチス・ドイツ最大の強制収容所となった場所で、こちらには約9万人の被収容者がいて、収容所内には4つのガス室・焼却炉があります。

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早速中へ。

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この場所は50万人以上のアウシュヴィッツ強制移住のユダヤ人を乗せた列車の終点地。

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線路は中まで続いています。

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この列車に乗せられ連れてこられた新来被収容者は、着いてすぐにSS医師による「選別」を受け、大部分の人が労働不能とみなされその日のうちにガス室で殺害されたそうです。

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こーんなお天気いいと、ここで大量殺害されたなんて信じられないです。

こちら浴場👇

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そのまま真っ直ぐ進むと、

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犠牲者追悼碑👇

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ここにはアウシュヴィッツ強制移住者が使っていた主に23の言語プレートがあります。

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その横にはガス室・焼却炉Ⅱ・Ⅲの残骸があります。

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ここは人骨の灰が撒かれた池👇

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鉄道の両サイドにはたくさんの収容所が。ここには約300もの被収容者棟があったそうです。

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鉄線も張り巡らされています。

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ところどころに見張り台👇

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当時の写真👇

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さらに進むと、

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ガス室・焼却炉Ⅳ・Ⅴの残骸👇

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すぐそばには被収容者が隠し撮りした3枚の写真が👇

収容所内で起こっている事実を世界へ知らせるためにポーランドの抵抗組織を使い外部へ送った写真だそうです。

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さらに進むと、『サウナ』と呼ばれる収容所の本浴場があります👇

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新来者の受入・登録が行われた場所で、ここで被収容者の荷物を取り上げ髪を切り殺菌しシャワーを浴びせ囚人番号と囚人服を与えたそうです。

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こちら衣類を蒸気で消毒する機械👇

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一番奥の部屋には解放後に発見された個人的写真が展示されています👇

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と、ビルケナウの方も2時間ほどぐるぐるしました。

入場前に購入した案内書が本当大活躍してくれて、詳しく説明が載っていて効率よく回ることができました。

シャトルバスで強制収容所1へ戻ります。

時刻表はこちら👇

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バスはこんな感じで👇時間ぴったりにやってきます👍

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で、クラコウ行きのバス時刻表がこちら👇

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計4時間ほど見学しましたが、ずっと苦しい気持ち。

お天気さんさんなのが余計にね。

この地で何が起こっていたのか、どうしてこうなってしまったのか。

言葉では言い表せないですが、

 深く

 重く

考えさせられる1日となりました。

 

ポーランドへお越しの際は是非立ち寄っていただきたい場所です。

 

続きはまた!

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